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阪神-京阪連絡線(その2) [阪神]

 (阪神3101形)
 数年後に控えた京阪との相互乗り入れ時に、3011形3連×5編成では、三宮-三条間に設定される予定の直通特急(いわゆる「三三特急」)に使用する特急車が不足することが懸念されたため、阪神では特急車の増備が検討されました。その際、最大の問題となったのは京阪の特急車との車内設備の差。

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阪神-京阪連絡線 [阪神]

 鉄犬さんのブログ
http://ntekken.blog109.fc2.com/
で「京阪神の計画線・未成線の妄想電車」を設計するというコンペが開催されています。スケールが1/87以上ですので私は参加できませんが、まねごとを。まずは路線から。

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箕有野江線、京阪梅田線(補遺) [夢のあと]

 (城東線払い下げ決定の日付について)
 太田光凞の「電鉄生活三十年」〔1938(昭和13)年発行〕の抜粋を掲載したこちらのページ
 http://ktymtskz.my.coocan.jp/kansai/keihan3.htm
には、払い下げ決定の日付が大正1年5月20日となっていますが、これは原本の写し間違いと思われます。

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再び京阪梅田線(その3) [夢のあと]

 鉄道省は、城東線の高架新線を建設後に旧線を廃止して、その土地京阪に明け渡すはずでした。しかし1923(大正12)年に関東大震災が発生すると、震災で壊滅した首都圏の鉄道網の復興が優先されて城東線の新線建設は後回しになり、城東線は旧線のまま維持されて、京阪は梅田線の建設を開始できなくなってしまいます。

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再び京阪梅田線(その2) [夢のあと]

 その資料というのは、開業当初から京阪の実質的な経営者であった太田光凞の回顧録「電鉄生活三十年」〔1938(昭和13)年発行〕です。

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箕有野江線から再び京阪梅田線 [夢のあと]

 先にご紹介した「私の行き方」

私の行き方 阪急電鉄、宝塚歌劇を創った男 (PHP文庫)

私の行き方 阪急電鉄、宝塚歌劇を創った男 (PHP文庫)



の「・・・小胆からのことだ。」に続いて小林は、

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箕有野江線(その8) [夢のあと]


逸翁自叙伝 阪急創業者・小林一三の回想 (講談社学術文庫)

逸翁自叙伝 阪急創業者・小林一三の回想 (講談社学術文庫)

  • 作者: 小林 一三
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/04/12
  • メディア: 文庫


 箕有野江線の特許に関連して小林一三、松永安左エ門から未公開株を受け取ったのは、

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箕有野江線(その7) [夢のあと]

 都島通の下を走る地下鉄谷町線は、野江4丁目の交差点で左折するとすぐに野江内代の駅に到着します。都島通も、谷町線とともにこの交差点で左折しています。写真は野江4丁目の交差点から都島方面。
kinoe40.JPG

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箕有野江線(その6) [夢のあと]

 都島本通の交差点に到着。前方には三菱東京UFJ銀行、昔の大和銀行の都島支店があります。建物は市電時代から変わっていないようです。
kinoe32.JPG

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箕有野江線(その5) [夢のあと]

 梅田-天六間は市バスが走っていないため地下鉄に乗りましたが、天六から先は、市バスに乗って景色を見ながら移動することに。大阪市バスの多くの路線は、日中は1時間あたり1本程度しか設定されておらず、公共交通機関としては殆ど死に体の状態ですが、この天六-都島間は日中でも1時間あたり3〜4本の便があるため、途中下車しながら移動でき、探索には便利です。
 まずは都島橋で下車。
kinoe23.JPG

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